この掲示板に、皆さんの有意義な情報を自由に書き込んでください。
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先週の記事「中央宣興倒産の裏側は北朝鮮の一族存続主義と同じ」は、本当にたくさんの方々にお読みいただき、たくさんのご意見やご感想をいただくことができました。
ありがとうございました。
私自身、中宣のクライアントの皆様、取引先の皆様への情報提供と、中宣社員・OBの皆様の気持ちの代弁、広告業界への不況倒産だけではない事情などをご理解いただけたものと思っております。
その中で、新たな驚きの事実やたくさんの情報をいただき、続編のご要望も頂きました。
しかし、このblog本来の目的は、ひとつの代理店を誹謗中傷するためではなく、私を育てていただいた広告業界への少しでもの恩返しだと思い、有意義な情報を発信するためにあります。
いささか、個人的感想や印象が多い、偏った意見ばかりではありますが。
ただ、こういう意見もあるということをご理解いただき、皆様のお役にたつ情報でなければ、切り捨てていただければ良いだけのことですから。
その選択肢は、皆様が握っており、読みたくなければ読まなくて結構ですので、「こんなことを言うなよ!」というようなお門違いなご意見は無用です。
さて、本題です。
twitterなどを使ってWebやblogに誘導し、商品やサービスを購入させるという、ソーシャルメディアでのコミュニケーションは有効に機能するかを検証してみたいと思います。
今回、中宣に関する情報をまずtwitterでつぶやいたのは、9月30日18:45頃です。
「凄い情報が飛び込んできた!明日広告業界に新たな激震が。ある代理店が倒産です。」
この後、私は友人と食事に出てしまったのですが、その間twitterでは大騒ぎになっており、RTがどんどん増えて行きました。
同時に、私をフォローする人たちが一気に増えて来て、あっという間に600人くらいの増加になりました。
以前から、本当に私のつぶやきを聞いてくれる人だけにフォローしていただきたいと思っていたので、フォロー返しを期待するフォローはカットしており、「フォロワーがあると通知する」設定にしていた私のiphoneは鳴りっぱなしです。
仮に1分に1件でも1時間に60件ですから、1分に3件くらいのペースで3時間以上鳴り続けていました。
(ちなみに今は、通知しない設定ですが)
その関心度の高さに驚き、また、自分自身経営者に対する思いもあり、夜中の4時までかかってあの記事を書きあげました。
そこからが、さらに驚く速さで伝達されました。
10月1日。
私の携帯やメールは、友人・関係各位などからの連絡で、仕事が手に付かなくなりました。
10月5日の本日、やっと騒ぎが収まったようなので、これで見えてきたソーシャルメディアの活用の仕方を実体験を元にレポートします。
前置きが長くなりました。
今回の出来事でのデータ(9月30日~10月5日)
【twitter関係】
RT 約500回(私のIDが含まれているものだけ)
フォロワー増加 約1000人
【弊社blog関係】
ユニークユーザー数 24,008人
トータルアクセス数 32,464アクセス
これだけの人達にblogを読んでいただき、情報を知っていただいたという事実があります。
この数字が多いのか少ないのかはその商品やサービスによって、判断は違うでしょう。
この期間にこれだけのアクセスがあれば、売れる商品やサービスもあるかも知れません。
ただ、明らかに、ナショナルブランドはものは動かないでしょう。
仮に多少動いたとしても、大きな課題があります。
このアクセス数は、「一過性のもの」という事実です。
このグラフをご覧ください。
これが、ユニークユーザーとアクセス数です。
ものの見事に、10月1日に山が来て、一気に山が小さくなっています。
当たり前の動きですね。
ソーシャルメディアは、特にこの動きが顕著です。
私は、過去に2回「炎上」しそうなつぶやきがありました。
1回目は、「Perfumeってひとりひとりを良く見るとブスなのに、なぜ人気があるの?」とtwitterでつぶやいた時でした。
一気に2000人ものPerfumeファンが、弊社のサイトの私のプロフィールを見に来ました。
また、流入元サイトに2ちゃんねるのURLが・・・・。
「この社長さんになんてあだ名つけようか・・・」などと話し合っています。
2回目は、ある若者が私が書いた記事に関し、広告業界を侮辱するようなRTをされた時です。
私は、「敬語を使えるようになったら相手にします。」とそういうお馬鹿さんに関わる時間もないので、ブロックをしました。
しかし、彼は、そのブロックをネタに、裏で私を祭り上げていました。
この時も、一気に2000人が弊社のサイトに来ました。
ここで勉強になったのは、ガラケーモバイルで育った若い子たちは、モバゲーで足跡をつけて帰るようなゆるいつながりで満足しているので、敬語を使わずに、ひと言残すのが当たり前になっていることです。
twitterって、そういう使い方だよね?敬語なんて必要ないじゃん!
これが、若者の考え方だと知りました。
ただ、これら2回も、今回も同じ傾向があります。
それは、ソーシャルメディアで関わってくる人たちは、本来、あまり関与が深くない人でも、無責任に賑やかな所に集まってくるということです。
マスで知りネットに入ってくる人たちは、わざわざネットに入る作業がありますが、ソーシャルメディアで知った人は、1クリックで入って来られます。
本来は、無関心な人間の集まりなので、あっという間に熱が冷めるんですね。
だから、この時も、2日経ったらいつものつぶやきができるようになっていました。
今回も、業界大騒ぎと言っても、今日テストのつもりで何回か中宣ネタをつぶやいてみましたが、やっぱりほとんどの人が食いつかない。
あの、アクセス曲線が描くような関心度なんです。
いわゆる『人のうわさも75日』ってやつですね。
それで、モノは売れるのでしょうか。
売れませんね。
あの曲線は、忘却曲線に比例します。
ですから、忘れないように、また、コミュニケーションしなければなりません。
でも、今回のように、同じネタではもう人は入ってこないんです。
次に、どんなデッカイ中宣ネタを持ってこなければならないのでしょうか?
AEにならないとわからないと思いますが、AE代理店は、年間の広告予算を提示され、媒体別、期間別に割り振りながら、プロモーション戦略と合わせて、年間のコミュニケーション戦略を立てます。
その時に、流通には、「3月第一週と5月第3週、7月第1週にキャンペーンを実施する予定です。」というように、キャンペーン期間を決め、それに合わせてCMや新聞などを出稿します。
車であれば、その山が展示試乗会になり、ビールなら、その期間が大陳期間となります。
1年間に何回かの大きな山を作りながら、売り場を作り上げて、コミュニケーションによってブランドを構築していくのです。
マーケティングは戦争です。
だから、戦争用語が良く使われます。
戦争は、マスメディアのような空中戦・海上砲撃などだけでは勝てません。
同時に、プロモーションの地上戦が一緒になって初めて勝てるのです。
その攻撃を一度だけで勝とうなんて、競合商品がある中は、明らかに無理です。
新商品であれば、なおさら、短い期間で何回かの山を作って、一気にリーチを広げてブランド構築していかなければなりません。
そのような繰り返し作業をソーシャルメディアでは、どのように組み立てるのでしょうか?
ロットの少ない希少価値のある商品は可能だと思います。
他の商品と明らかに違うベネフィットを持っているのなら、可能だと思います。
お金がなく、中小企業の商品やサービスなら、可能だと思います。
ただ、パリティ市場のナショナルブランドは、ソーシャルメディアでは解決し得ない課題が多々あることを今回は深く認識ました。
これは、あくまでも私個人の意見です。
ネット上での議論は致しかねますが、お時間が許し、お会いしながらの議論であれば、いつでもお願いしたいと思います。
最後まで、お付き合いをありがとうございました。
私は、まず、この場を借りて、皆様に深くお詫びをしなければなりません。
9月30日18:45にtwitterでtweetした「凄い情報が飛び込んできた!明日広告業界に新たな激震が。ある代理店が倒産です。」は、業界の皆様に「当社のことか?」「取引先かも。入金は?」などと、たくさんの不安を煽ってしまったことは、私の計算外のことでした。
本当に申し訳ありませんでした。
正直を言って、こんなに反響が大きいとは思いませんでした。
RTが現在250。昨日の4位だそうですね。
フォロワーが600人も増えてしまって、関心の高さに驚きました。
謹んでお詫び申し上げます。
さて、本題に入ります。
中央宣興株式会社は、銀座2丁目に自社ビルを構え、私が入社する1979年には業界9位に位置していた広告代理店です。
海外ネットワークを古くから整備し、SPを中心としたアカウントをたくさん抱えていました。
数年前から、私が独立をしたので、中宣の同僚や後輩達との交流も活発になり、あるプランナーの後輩と昨日(30日)もソーシャルメディアのデータをメールで3回くらいやり取りし、普段と変わらぬ時間を過していました。
ところが、18時過ぎに突然、その後輩から電話がありました。
後輩「中央宣興が10月1日で倒産します。。。」
私「えっ!?」
後輩「24日の給料が全員振り込まれておらず、27日になると言われ、その日も振り込まれず、今日(30日)先ほど全員が呼び出され、倒産するので10月1日に全員解雇だと告げられました。」
後輩「私たちは、突然のことに声も出なかったのですが、明日から保険証が使えなくなるのは困る!と食い下がったところ、では、10月5日付で全員解雇ということになりました。」
私「クライアントの仕事はどうするの?」
後輩「10月5日以降、希望者だけ任意で出社をし、残務整理をしても良いと言われました。その間は、バイト代程度が出るらしいです。」
私「ちょっと待て!クライアントは、あなた方と同じように今日まで知らないんだよな?だとすると、今動かしている仕事は今後どこにどのように任せるのかの道筋はどうするんだ?」
後輩「わかりません。。。」
これをお読みになっている皆さん、何が悪いのか、わかりますか?
まず、なぜ会社更生法も申請をせずに、いきなり倒産の道を選んだのでしょうか?
これは、他人事ではありません。
広告業界特有の話でもないんです。
オーナー企業が選ぶ道なんです。
中央宣興は、昭和29年に看板を得意とする会社で日本橋で開業をしました。
当時の創業者は、大澤隆。
この社長は、創業者だけあって、立派ではありましたが、ワンマン極まりない。
そして、私腹を肥やすことに余念がなかった社長です。
エピソードとして、
私が3年目の頃、私の担当するメインクライアントであるHONDAさんが会社に来られました。
中宣は、51年に銀座2丁目の名鉄メルサの向かい、YOMIKOのはす向かいの銀座通りに面した場所に自社ビルを構えています。
そのエレベーターにHONDAさんをご案内しようとした矢先、秘書の女の子が来て、「エレベーターを降りてください!社長がお乗りになります。」と言うのです。
「いやいや、この方はHONDAさんですよ。」
(当時、中央宣興の売り上げの20%以上、60億円くらいがHONDAさんの扱いでした)
でも、彼女は当たり前のように「社長がお乗りになりますので」と繰り返し、私とクライアントは下ろされてしまいました。
どちらを優先すべきなんですかね?
非常識極まりない会社でした。
ちなみに、その後私が転職する「旭通信社(現ADK)」は、「ガラス張りの経営」と言われ、みんなで目標を立てた売上・利益を達成すると、その利益の80%をボーナスで分配してくれました。
これが、経営理念の「全員経営」です。
同時期の昭和31年に操業を開始した稲垣正夫社長(当時)は、私が入社して数日経ち、エレベーターで一緒になった際、私は遠慮をして乗ろうとしなかったのですが、「どうぞ、どうぞ。」と言われ、入社して間もない私に「HONDAさんとKIRINさんとどちらが大変ですか?」と声をかけてくれました。
当時、旭通の社員は、すべて稲垣社長に仲人をしていただいており、稲垣社長は社員の経歴をメモも見ないですべて話すという、社員をとても大切にしている経営者でした。
中途入社の私にも、前述のような言葉をかけていただき、「中途採用の私のことを知ってくれているんだ。」と感動をしたものです。
この方のためなら命も捨てられる!
そんな意気さえ感じたものです。
エレベーターを降りる際に、稲垣社長が開くボタンを押していたので、社長を優先しようとしたのですが、「働いている人からどうぞ、どうぞ。」と敬語を使い、先に降ろしていただきました。
大澤社長とは、社員扱いが真逆でした。
その中央宣興は、銀座の自社ビルを建てる時、自社ビル登記はせずに、「大澤総業」という会社の不動産にしました。
そこから中宣がビルを借りる仕組みです。
この家賃がバカ高い。
ですから、80年代には、自社ビルを出て、貸しビルにすれば、給料は1.5倍になると言われていました。
ちなみに、最近の話でも、売り上げが悪化してきているので、コピーは、自社のコピーを使えという指示が出たそうです。
しかし、コピー機は大澤総業のリースです。
今どき、A4が1枚50円。それを原価参入させられるそうです。
みんなキンコーズに行きたいと嘆いていました。
また、机やその他の備品まで大澤総業からのリースだそうです。
私の在職していた80年代は、給料が安くて有名で、業界10位なのにアサツーの新入社員の給料を越えることができたのでは6年目でした。
大澤社長は、80年代前半に、まず、自分の次男を入社させました。
私の2つ上で、大澤豊と言います。
これがいわゆる「バカ息子」で、経営にはあまりタッチしていませんでしたが、社員の考えていることを引き出すためなのか、私は良く飲みに連れて行かれ、六本木や銀座で社長のボトルをいただきました。
その後、私は88年に退社したのですが、その直後に長男の現社長大澤茂が入社してきました。
それを待つかのように、創業者大澤隆は亡くなり、長男の大澤茂が社長となり、驚くことに「社主」という肩書で、隆氏の奥様、社長のお母さんが常駐するようになったようです。
この茂社長も親子だけにとてもワンマンで、それまで支えてきたベテラン社員をことごとく閑職にしたり、クビにしたりで、イエスマンが周りを囲む組織になって行ったそうです。
最近、その大澤茂社長の子供が入社したそうです。
おばあちゃんと親父がいる会社にですね。
この子供がさらに曲者で、社会に出たこともない30歳の子なのですが、1年目は先輩に付いて勉強をしていて、今年に入って、ボードメンバー3人の内の1人になったとたん、今までの50歳の上司を怒鳴りつけて、辞職に追いやった事件が先月発生したばかりです。
その50歳の後輩は、実は私の初めての部下で、それまではボードメンバーの一人だったのですが、息子が入ってきて、お役御免になったようです。
とても優秀な人間だったので、50歳でも再就職は引く手あまたで、すぐに次が決まりました。
こんなワンマンな利己主義の社長一族は、まさに、北朝鮮と一緒です。
彼らは、隠し財産がたくさんありました。
それが、中宣名義で買われている不動産類で、創業者社長がなくなった際に、相続関係であぶり出され、中宣名義なら、社員の保養施設にしなさいと指導を受けて、いろいろな場所の別荘が明るみになったそうです。
今回、会社更生法を申請せずに、一気に、倒産の道を選んだのは、経営者責任を逃れるためです。
会社更生法を申請した場合、いろいろな資産をどのように生かして再生するかを検討するわけですから、会社名義のものはすべて処分されるでしょう。
また、外部から人が入ってきて、自分の会社としての更生は望むことはできないでしょう。
しかし、倒産にしてしまえば、あとは管財人と弁護士などで整理していきます。
うまく、資産を動かしていれば、それは、大澤家の財産になり、守られる可能性も大いにあります。
こういう裏が、倒産を引き起こしているのです。
どうですか?
許せますか??
私は、悔しくてこの時間もまだ寝られません。
私の同僚や後輩が、明日から路頭に迷うんです。
先月分の給料もなく、退職金も出ないでしょう。
子供がいる家庭は大変です。
こんな時期に再就職は厳しいでしょう。
会社のために、一生懸命頑張ったって、結局オーナー社長なら、こういうことが起こることをご理解ください。
これは、広告業界だけの話ではありません。
まず、給料が遅配したら会社は危ないですよ。
キャッシュフローがうまくいっていない。
最初は、下請けなどの外注費や家賃などを遅らせます。
これが、どうにもならないと、最後は身内の給料になります。
給料が遅れる会社は、すぐにでも退社された方が良いですよ。
私が、もうひとつ気がかりなのは、クライアントのことです。
100人以上の社員が、クライアントと今後のいろいろな施策を動かしていたはずで、それを挨拶もなく、代理店が突然来なくなる。。。
クライアントは、この不況下で、いかに商品をたくさん売るかを真剣に考えており、それを信頼する代理店、ひいてはアドマンに依頼しているのです。
その人たちをも、何とも思わないオーナー一族。
テレビ局や新聞社への媒体料の支払いも滞っているのでしょう。
70億円以上ですからね。
その影響で、倒れる会社が何社出るかも見当がつきません。
幸いなことに、今回、驚くほどたくさんの方々にフォローをいただきました。
そして、このサイトにもすでに3000人以上の人が来られています。
中宣には、若い優秀な社員もいます。
そして、やり残したクライアントをそのままにしたくないと願っているでしょう。
もし、お知り合いの社員がいらっしゃいましたら、是非、お声をかけてあげてください。
彼らと共に、やり残した仕事をやり遂げることができたら、クライアントも喜んで来ただけると思います。
大変長くなりましたが、最後までお読みいただき、ありがとうございました。
なお、皆さんにはそれぞれ、いろいろな感じ方やご意見もあるでしょう。
しかし、今回ばかりは、私自身誹謗中傷には全く反応はいたしませんので、あしからず。
この記事の目的は、倒産の裏側の事実を少しでも多くの方々に知っていただき、決して、広告業界が不況だから起こったことではなく、会社は、経営者によって存続できるかどうかが決まることをご理解いただければと願ったからです。
社員自身の努力も足りなかったかも知れません。
でも、自分がその立場になった時には、どのように感じるのでしょうか?
何かを感じ取っていただければ幸甚です。
【追記】
この記事の役割は、もう終わったと思います。
すでに、35000人の方々にお読みいただき、最近はアクセスも一気に落ちてきています。
情報は、古くなったらまったく意味がありません。
しかし、最近でもまだコメントを投稿される方々がいらっしゃいます。
こういう方々は、間違いなく関係者で、いつまでも許しがたいという感情を持っている方々なので、私でさえ堪えがたい誹謗中傷が目につきます。
次の記事でも書いていますが、もう、役割の終わった記事なので、削除しようかとも思っておりますが、何かの圧力に屈したみたいに思われるのも本意ではありませんので、このままにしておきます。
ただ、今後、中宣および大澤家に関する誹謗中傷のための投稿だった場合は、コメントは削除させていただきます。
もう、これ以上いくらここに書いたところで何も変わりませんし、中宣社員は前を向いて戦い始めています。
有意義な情報交換としてお使いいただく分には、この限りではありません。
皆様のご理解のほど、よろしくお願い申し上げます。
2010年10月12日 望野和美
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